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東京地方裁判所八王子支部 昭和37年(ワ)553号 判決 1963年6月27日

原告 佳藤政四郎

被告 国

訴訟代理人 河津圭一 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

原告主張の事実による原告の被告に対する国家賠償法上の損害賠償請求権の成否の判断はしばらくおき、ここにはその成立の仮定の下に被告の時効の抗弁について判断する。

国家賠償法第四条の規定するところによれば、同法に基く損害賠償請求権の消滅時効については民法第七二四条が適用せらるべく、民法第七二四条は、不法行為による損害賠償の請求権は被害者が損害及び加害者を知つた時から三年で時効にかかる旨を規定している。

さて、右にいう被害者がその損害を知るとは、必ずしも損害の全範囲もしくは、損害額の全部を知るを要するものではなく、いやしくも不法行為に基く損害の発生を知つた以上、その損害とけん連一体をなす損害であつて、当時その発生が予想し得べきものとするのが社会通念上妥当とせられるものは、すべて被害者にその認識があつたものとして、同条所定の短期時効はその全損害につきその時から進行を始めるものと解すべく(大審院昭和一五年一二月一四日言渡判決参照)、また加害者を知るとは不法行為者を知るの意味に解すべきである。

ところで原告は、要するに、(一)昭和二七年九月一二日刑務所職員松下看守らの違法な命令の故に足に負傷して痛みの為立つこともできなくなり、(二)同月一四日頃から膝部に水が溜るようになり痛みは継続し、(三)昭和二八年一月五日右足膝関節が曲らなくなつたりなどして、その間治療との関係などから一時的に後退を示すことはあつたにしても全体的には病勢は継続して徐々に進行したのであり、かくて昭和三四年八、九月頃診断の結果手術によらねば治ゆせぬことが判明したと主張して、手術に要する費用、手術後の労働不能による損害の賠償を求めるというのであるから、前記説示からすれば右の被告の主張自体によつて被告は昭和二七年九月一二日に、あるいはおそくも、同月一四日に、さらにおそくも、昭和二八年一月五日には本件における民法第七二四条にいう損害及び加害者を知つたものとなすべきである。そして右いずれの時からするも、本訴提起の日たること記録上明白な昭和三七年九月二日までに三年の時効期間が経過したことは明らかである。

原告は刑務所職員に外部との連絡を遮断され、以て提訴による時効の中断を妨害されたから、かかる妨害が止んだ後に時効は進行するとなし、よつて時効は未だ完成せずと主張するけれども、仮りに時効の中断を妨害された事実があつたとしても、その故に直ちに時効が中断されたことになるわけのものでないことは、妨害のため中断行為がなされないという中断行為のなされない個別的主観的事由よりも中断行為がなされないという客観的、外形的事実状態そのものに重きがおかれるべき時効制度の趣旨(民法第一六一条が「天災その他避くべからざる事変」という外部的に顕著な障害の存するときに限り時効の停止を認めているのも同趣旨に出た規定といえよう。)からいつて明らかというべく、民法もたとえばその第一三〇条のような規定を設けてはいないのであるから、中断の妨害にかかわらず時効そのものは進行するものと解すべく(もし中断の妨害のため損害---時効完成し、これを援用され、実質的に権利を失つたというような場合---を生ずれば、その救済はおのずから別にあるであろうが、ここでこの点に立ち入るべき限りではない。)、すなわち、原告主張の如き事実があつたとしても、時効は中断されることなく進行したものというべきである。

以上によれば、最もおそくも、昭和二八年一月六日以降三年を経過した時に、従つて本訴提起前に原告主張の権利は時効によつて消滅したものとなすべきであるから、本訴請求はこの点において失当として棄却すべく、民事訴訟法第八九条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 古原勇雄 下郡山信夫 西村四郎)

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